2008年01月07日

タスキについて考えてみた

新春から伝統の駅伝放送をみました。
このブログでも「大村湾152・・・・」に参加して初めてタスキなるものをつないでいく競争をしました。

タスキをかけられると、自分の意思で休憩やスローダウン、おしゃべりなど全く出来ない。
自分のチームのためなら、個人のそういった感情や、痛みなどをこらえひたすら見えない
背中を追い続け、足を地面に食い込ませるように前後にあえいでいたことを思い出していた。

 しかし、本当にそこまで必要なのか?

参加させている団体の利益やイメージのために「選手」をパーツのように使い切る(消耗させる)
ことが本来のチームのためなのだろうか。

言い換えれば学生さんに、生涯消えない痛みを植え付けることになってしう事はないのだろうか?
タイム差だって数分と違わないし、そろそろ限界だろう。

勝利を手にするために、スポーツ工学、人間工学などの学問がひらかれ新たな文化が
芽吹くことには賛成だが、利益を求めた大人たちが、駅伝を勝ち抜く方法として
選手が留学生ばっかりになってしまわないことを祈るばかりだ。

スポーツは門を大きく開いておく必要があるので、留学生の選手がどうといっているわけ
ではない。むしろ歓迎します。自分たちが切磋琢磨するためにも外の風は必要と思っています。

投稿者: 日時: 2008年01月07日 20:01 | パーマリンク |TOPページへ   ▲画面上へ

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